離婚への歩み

2013年春から離婚調停を始め、2014年7月に当分別居という形で調停は終わりました。 このブログでは、これまでの軌跡を振り返りながら毎日更新する予定です。 古いものから読み進めていただくのが良いかと思いますので、 宜しくお願いしますm(__)m

離婚裁判

婚姻費用振込と妻への連絡

2015/07/28

いつものように、
婚姻費用を振り込みました。


そのあとすぐに、妻にメールを送りました。

――――――――――――――
今のところ、まだ転職の目処がたっていません。
そのため、来月からの収入の目処がまだたっていません。
しかしながら、収入の有無関係なく、住宅ローンは支払い続けなければなりません。
健康保険については、今までの健保組合で延長継続出来るようにしようと思いますが今後は全額負担となります。
住宅ローンと健保の費用は払っていかなければいけないと思うので、婚姻費用はしばらくは難しいと思います。
―――――――――――――――

(しかし、あとで気が付きましたが、僕の方の問題で送信エラーになっていました)



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自宅の様子

2015/07/25

夜、自宅に行ってみました。

普段はついていない
1Fの明かりが付いており、
窓のカーテンレールに、
ワンピースらしき服が架かっていました。

僕は、義母の服であることを確信しました。







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弁護士さんからの電話

2015/07/21

弁護士さんから電話がありました。

メールで伝えたとおり、
妻側が和解に応じるかもしれない、
という話をしてくださいました。

その代わり、ハードルの高い条件を
出してくる可能性が高いとのことでした。

僕は、まだ転職先などは決まっていないこと、
今後考えていることなどを伝えました。





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裁判の報告メール

2015年7月初旬

この日、裁判の日でしたが、この日も来なくてよいとのことでしたので、
行きませんでした。

夕方19時前に弁護士さんからメールが来ていました。


この日も裁判官から妻側に
強く和解の説得がなされたとのことでした。

弁護士さんの印象として、
今回の裁判で
妻側の反応を見ていたら、

ひょっとしたら和解もありうるかもしれない

との感想が書かれていました。

おそらく、僕が退職して、
次が決まらないからなのだろうと感じました。






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僕からの反論準備書面

2015年5月の裁判で、
僕側からは、
以下のような反論用準備書面を出しました。


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婚姻関係の破綻については、
口論が絶えず、決して円満な夫婦生活とは言えなかったことは記載のとおりである。

僕が投資用マンションの話をしたのは、
妻の主張のとおり、平成24年7月初旬であるが、
その前の平成24年5月時点には既に、妻は僕からのメールを着信拒否し、
同日頃には、寝室が別になり、僕が自室に引きこもった生活になるなど、
平成24年5月より家庭内別居となっている。

「サイドビジネス」が「ネズミ講」という趣旨であるかの記載があるがこの点は否認する。
ビジネスをはじめるにあたり、入会金としては四千円程度必要であるにすぎず、
会員になると必ず営業をしなくてはいけないものでもない。
また、セミナーへの参加も自由であって、営業や商品購入のノルマは、一切ないなどのことから、
「ネズミ講」ではない。

妻は実印を隠すなどして、僕がマンションを購入できないようにしたことから、
妻の許可を得ずに、マンションを購入せざるをえなかったことは認める。

僕が妻に対して離婚の話を始めたのは、
マンションの投資話が出る前である。

ローンの重荷から不動産業者に自宅査定を依頼したことは認める。

別居後、妻から僕に同居を求めたことは一度も無い。

帰省に関しては、
平成25年8月初頭から平成25年8月末までの帰省に関して、
妻は、その2日前になり突如「明後日帰省する」とのみ伝え、
福岡に3週間以上も帰省している。

奨学金に関しては、平成20年11月、妻から、妻が管理していた通帳からの
元日本育英会の奨学金の引き落としが迷惑であると言われ、
返済用の引き落とし銀行通帳を、僕が管理している通帳からの引き落としに変更した事実がある。

性交渉があったという点に対しては否認。
性交渉は、長男誕生後は数える(1~2回)ほどしかない。

長女からは
「(帰省から帰ってきた時)今どこにいるの」
「今どこにいる」
「(携帯電話に着信があった後)いまのまちがい プレゼント何がはいってるの? でもこの事はママにはないしょだよ」
「届いているけどママがまだだめって ママにはないしょだよ」
などのメールが送られ、
平成26年5月の小学校の運動会において長男は、僕を見つけて声をかけ、クラスメイトらに
「僕のパパだよ」
などと紹介し、
平成27年4月には、
「パパに会いたかったか?」
の質問に
「うん」
と回答するなどしており、
子供達が僕に会いたがっていないというのは事実に反する。

調停条項には
「相手方は、申立人に対し、写真などを送付するなどし、未成年者らの状況を定期的に申立人に誠実に報告する。」との条項があるが、一切、守られていない。

子供たちへのプレゼントの受け渡しについては、
面会交流の方法が決まった後にして欲しいなどという説明はなかった。

平成27年3月の下の子の誕生日に届けたプレゼントについて
平成27年4月に下の子に僕が尋ねたところ、渡されていないばかりか、
更に平成26年7月及び8月に送ったの手紙も未だに受け取っていないとのことであった。

僕が小学校を混乱させたということは少なくとも小学校関係者からは聞いていない。
なお、平成26年6月、小学校の教頭先生から僕に電話があり
「奥様の方からは、旦那様から電話があっても何も教えないで欲しい、子供たちが怪我などをしても同様に連絡しないでくれと言われた」
と伝えられており、僕はメモをしながら聞いていた。


平成24年5月から、自宅室に引き籠るようになり、食事も別々に取るようになるなど、交流が断絶し、
家庭内別居の状態となった。
平成25年4月には夫婦関係調整調停(離婚)を申立て、
同年8月には、僕が自宅を出る形で、別居に至った。
更に遡ると平成22年11月に僕から送ったメールには、
「妻との今後の人生をともにしたくない」
といった明確な離婚の意思をしめしている。

夫婦関係調整調停は、事実上の調停不成立となり、
面会交流についても、僕が譲歩して、
「申立人は、未成年者らに対し、定期的に手紙を送付することができる。相手方は、その手紙を未成年者らに渡す」
「相手方は、申立人に対し、写真等を送付するなどし、未成年者らの状況を定期的に申立人に誠実に報告する。」
「当事者双方は、未成年者らの心身状況に十分配慮した上で直接的面会交流の実施に向けて努力し、その実施方法については別途誠実に協議する」
との条項が設けられたにもかかわらず、
送付した手紙を子供達に渡した形跡は一切ないばかりか、
妻から子供達の写真が送付されてきたことは今まで一切ない。
さらに、妻は、学校行事における面会交流にしか協力せず、
これまで、例えば毎月1回食事を取るなどの妻の立会のない面会を求めても、
これに一切応じていないばかりか、
これまで面会交流について、誠実に協議がなされたことはただの一度も切ない。

僕も当然、子供達の親権者であるにもかかわらず、
小学校に
「僕から電話があっても何も教えないで欲しい、子供たちが怪我などをしても同様に連絡しないでくれ」
などと、子供達が事件事故に巻き込まれた場合ですら連絡をしないように釘を刺すなど、
僕と子供達との関係を完全に断絶しようとしている。

自宅は、僕が自宅に置いてきた所有物の確認等のために自由に出入りできる場所であるところ、
妻は僕が帰宅・出入りできないように、自宅の鍵を交換して、
僕を締め出している
他にも、平成26年10月、僕の勤務会社から被扶養者調書の提出依頼があり、
妻に、月の収入額・収入の種類・平成26年度課税証明書原本などの必要書類の提出を依頼し、
締め切りが11月5日であることを伝えたものの、
締め切りの後の10日になり、収入に関する情報が欠けた極めて不十分なものを会社に直接送付し、
僕から妻に確認の連絡を入れても、全く返信が無いといった細かい事実を上げればきりがない。

このように別居期間は既に3年を経過しようとしているばかりか、
これまでの上記の経緯からして、今後、夫婦間の信頼関係が回復し、
同居に至る可能性は皆無であって、夫婦関係は完全に破綻している(民法770条1項5号)。

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その後ろに、2007年ごろからのやり取りの概略の時系列を作成した。




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妻側からの準備書面

2015年4月の裁判で、
妻側から、以下のような準備書面が出されました。


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こちらからの「婚姻関係は破綻している」との主張には
「破綻していない」とのこと。

こちらからの「面会交流に努力していない」との主張には、
「子供の学校行事に出席する方法での面会交流を実施している」とのこと。

妻側の主張としては、
僕と妻は、婚姻後、円満な婚姻生活を営んでいる。
妻が家計の状況に危機感を持たず、僕の言い分に耳を貸さないと主張するようであるが事実と異なる。
僕が投資用マンションを購入するために自宅を売却することを妻から反対されたため、婚姻関係が破綻し、その原因は妻にあるといった主張を繰り返して、僕が妻に対して離婚を要求し続けているにすぎない。

平成20年、僕が転職し、別会社に入社し勤務を始めた。
平成22年頃、僕が知人から勧められサイドビジネスを始めた。
僕が投資用マンションを購入したいと言い始めたため、
サイドビジネスを始めたこともあるため心配になり、
平成24年9月頃、原告を誘って、ライフプランナーに投資用マンションの購入す
ることについて相談をした。
その際、ライフプランナーは自宅の住宅ローンや家計の状況から判断して投資用マンションを購入することはやめるべきと回答した。
ところが、その後、妻に黙って投資用マンションを購入していたことが判明した。

そればかりか、
平成24年12月頃、僕が妻に対し、もう一軒、投資用マンションを購入したい、自宅の住宅ローンがあると投資用マンションのローンが組めない、
二軒でも三軒でも投資用マンションが欲しい、
自宅の住宅ローンがあると足かせになる、自宅を売去したい、
自分たちは賃貸物件にでも住めぱいいなどと言い始めた。

妻が自宅の売却や投資用マンションを購入することに反対したところ、
僕が、価値観が合わない、離婚したいなどと言い始めるようになった。

僕が妻に了解を得ることなく自宅を売却するために不動産業者と自宅売却に関して相談をしていたようである。

その後、妻とその両親は、僕に対して自宅を売却することは考え直すようにと働きかけていたが、僕が平成25年2月頃から自室にこもり、
妻が部屋にいない時間を見計らって、妻が作った食事を一人で食べるなどするようになった。
そのような状況のなかで、僕が平成25年4月に夫婦関係調整の前停を申し立てた。
この調停の中で離婚を求めていたが、妻が離婚に反対し、
平成25年8月に僕が別居を開始してからは、妻は僕との同居を求め続けていた。

妻は僕に断りなく、子供達を実家の福岡につれて帰省したことはないし、
原告に対し原告の奨学金の返済が迷惑であるといったこともない。
また、平成20年3月に長男が生まれた後も性交渉は存在していた。

平成25年5月、長女の運動会の当日の朝になって突然、
「運動会に行きたいんだけどどうやったらはいれるの?」などと言われたことがあったが、この事実をもって妻が子供の行事に、僕を参加させなかったなどと論難しているようである。

平成25年8月、妻が子供達を連れて福岡の実家に帰省している間に
メールで連絡をした後、自宅を出て別居を始めるようになった。
別居後、子供たちとの面会交流を求めるようになった。
しかし、子供達は僕が投資用マンションを購入するために自宅を売却したいと言い始めたことや、妻がこれに反対し、僕が離婚をするなどといい始めたこと、僕が自宅を出て行ったことを理解していることもあり、
子供達は僕と会いたがらなかった。
そのため、妻は調停において面会交流の実施に際しては子供の意思を尊重し
慎重に勧めて欲しいとの主張をしていた。
その結果、調停では直接の画会交流について具体的な実施方法を定めるには至らず、聞接的面会交流及び子供達の学校行事を通じた面会交流を実施することが調停条項に定められた。

なお、調停期間中も子供達の学校行事を通じた面会交流は実施されており、
平成26年5月の小学校での運動会には僕も出席している。

調停成立後、妻は父兄の参加ができる子供達の学校行事には
僕に連絡をしており、
平成26年9月、同年11月に実施した学校行事や
平成27年3月に実施された長女の卒業式は出席していないが、
平成27年4月に実施された長女の入学式には出席している。

平成25年9月頃、僕が事前の連絡もなく長女の誕生日のプレゼントとして
物品を送付してくることがあったが、
調停において面会交流について協議をしている最中であったこともあり、
子供への物品の送付は面会交流の方法が決まった後にして欲しいと
説明して物品を返したことはある。
なお、その後、被告は当該物品を受け取っている。

平成26年6月、子供達の通学する小学校に、突如、電話をかけることがあり
小学校において混乱が生じ、また小学校が対応に苦慮したため、
代理人を通じて僕に事実確認をするとともに、今後は小学校へ
電話することを控えて欲しいと連絡した。

調停後、妻たちの外出中に僕が自宅に立ち入り、
子供に宛てた手紙を置いていったと伺われる事態がなどが生じたため、
妻は警察へ行き事情を説明したところ、
警察から鍵を変換した方が安全であると説明された。
そのため、妻は自宅の鍵を交換した。

以上のとおり、
子供達との面会交流の実施については十分に努力し協力をしている。


投資用マンションを廉入するために自宅を売却することを反対されたため、
僕が婚姻関係が破綻し、その原因は妻にあると主張し、
僕が妻に対して離婚を要求し続けているにすぎない。

僕と妻との問の信頼関係は十分に修復可能であり、
婚姻関係は破綻しておらず離婚原因は存在しない。
僕の請求には理由がないことは明白であるから、僕からの請求は直ちに却下
されるべきである。


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これらに対して、僕からの反論では、
概ね否定することになる。
(次回、僕からの反論を書きます。)



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反論について

2015/04/29

朝方、3時頃に起きてしまいました。

先日届いた
相手方準備書面を見返し、

どうやったら判りやすく、
そして漏れなく反論できるか
を考えながら

僕なりの反論を書いてみました。

午前6時ごろに弁護士さんに返信した。




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離婚裁判(1回目)

2015年4月

一回目の離婚裁判が行われました。

しかし、弁護士さんからの話では、
僕は出席しなくても良いとのことでした。

通常、離婚裁判では、
殆どが書面で執り行われ、
当事者の僕が出席する場面は僅かとのことでした。


こちらから提出した訴状に対して、
妻側からは、
断固拒否
争う姿勢を示してきました。

裁判官からの、離婚を前提にした和解の可能性はないか?
との問いに、
妻側代理人の回答は、
「全くない全くない。離婚を前提にした和解などありえない。
そもそも婚姻関係の破綻もない。」

との回答だったとのこと。



正直、驚いた。。


そして、妻側からの準備書面と連絡文書が出されていた。

連絡文書の内容としては、
先日、下の子に会ったことが気に入らなかったのか、
勝手に会うな、
といった内容の事を書いてきた。

僕はその内容を流し見したが、
とてつもなくざわついた。

その日、仕事中にこれを見てしまい、
この状態のまま、
課会に行ったが、
殆ど顔が引きつっていたと思う。

何の話題が上がったのか、覚えていない。

一回、話を振られたが、
変な返しをしたような気がする。




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離婚裁判に向けての訴状

2014年末~2015年にかけて
僕は弁護士さんに連絡を取り、
離婚裁判に向けて、弁護士さんから裁判所へ
訴状を出していただいていました。

弁護士さんが草案を書いてくださり、
僕がそれをチェックして、加筆訂正し、
弁護士さんへ返送、
その他、電話で打ち合わせなどを
行いながら、仕上げた訴状でした。


内容としては、
僕がローンの支払が家計を圧迫していることを何度も妻に説明し、
収入に見合っていない家は売却して身の丈に合った住居に住もうと説得を試みたが、
妻は全く聞き入れようとしない。
僕が、高額なローンの支払の見通しを立てるため、
副収入を得られる仕事を始めようとしても、家計に全く危機感を持たず、
「見るのも聞くのも嫌で、それは一生変わらない」
とまで言い放ち、僕の話に耳を傾けようとすらしない。
妻は、直前に長期間、子供を連れて帰省し、
子供たちの様子について何らの連絡もしなかった。
「奨学金の返済が迷惑である」
「お金さえ出してくれるなら別居してもよい」
「もし僕と離婚することになっても自分には実家があるからどうにでもなるし、
早いうちに離婚した方がちゃんとお金が入ってくるかもしれない」
という僕の人格すら否定する発言をするなどしており、
このような生活を10年間続ける中で、種々の重大な点で価値観の違いを感じさせられ、
精神的に追い詰められ、耐える日々が続いた。
元々、新婚当初から、性交渉は数えるほどであったが、
ここ10年未満は完全に性交渉が断絶し、
別居前にはもはや挨拶すらまともに交わさないなど、
家庭内別居状態に入った。
特に、平成24年春頃から自宅にいても、
部屋に一人で閉じこもり、妻との交流を完全に避けるようになった。

調停申立後には、
夫婦関係は破綻しもはや関係の修復は不可能と考え、
完全に別居に至ったところ、妻は僕が再三要望しても、
子供達に一切会わせようとはせず、
やむなく、面会交流の調停を申立て、調停内において、
面会交流を進めるようにとの再三の指導があったにもかかわらず、
まともな面会交流を実現しようとない。
上の子の誕生日にプレゼントを送り、上の子からは
「届いているけどママがまだだめって。ママにはないしょだよ」
というメールが返ってきており、上の子はプレゼントを開けるのを
楽しみにしていたにもかかわらず、プレゼントを渡さず、
調停の場で僕に突き返した。
僕に子どもたちの様子を全く教えず、
むしろ僕と子どもたちを引き離すようなことをしたことから、
やむなく学校に子供達の様子を問い合わせたところ、
妻は学校に対し
「原告には長女の様子を絶対に教えないように」
と伝え、実父であり共同親権者である僕に、学校からの回答を拒否させ、
子どもたちの様子を全く把握できないという状況追いやった。
自宅の鍵を無断で交換した。
など、徹底的に僕と子供達との関わりを断とうとした。
このように、子どもたちとのかかわりすら邪魔しようとすることに
僕は非常に失望し、妻に対する不信感がつのるのを抑えきれない状態となった。
さらに、調停においては、
「当事者双方は、未成年者らの心身状況に十分配慮した上で直接的面会交流の実施に向けて努力し、その実施方法については別途誠実に協議する」
との調停条項が設けられたにもかかわらず、
妻はこれまで全く面会交流の実施に努力しない。

といった内容だった。



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